研究は患者さんのため…その①


山下湘南夢クリニック院長 山下直樹先生のお話
『i-wish ママになりたい 不妊治療の今』より


患者さんの信頼に応えたい!
それが研究に向かう原動力です。  

不妊治療施設の多くが研究をしています。それは患者さんの希望に応え、夢を実現するため。 
クリニックでは、実際にどのように研究を行っているのでしょう。


山下湘南夢クリニック院長
山下直樹先生


自分たちで開発する 

編集■研究を積極的に始めたきっかけは何でしょう? 

先生■不妊治療(生殖補助医療)では、まだ改善の余地のある分野、安全性の確認の必要な分野が多くあり、現状の治療成績を向上させ少しでも多くの患者さんが妊娠できるように日々、研究がなされています。私たちクリニックもその一員ですが、私たちの目的は、患者さんの気持ちをしっかりと把握し、それに応えられるようにするための技術を研究開発して、患者さんの役に立ちたいということです。 

 現在の日本の医学研究は、残念ながら未だに欧米主導で、大学や企業から派遣された研究員が、海外の研究室で手足として昼夜を問わず実験にいそしみ、覚えた知識や技術を帰国して展開するという流れがあります。そして、使われる医療器械や薬品も外国製なら、治療の根底に流れる思想というか考え方まで舶来仕様なわけです。私は、日本人には日本人に合った治療があると考えており、それは人真似ではなく自分たちで開発していくしかないと思っています。 

 そのような現状に対して、患者さんが自分たちに期待しているものをしっかりと理解して、自分たちに必要とされているものを開発していきたいと考えています。ひとつのクリニックでは人材や資金も限られますから、新しい技術の開発には業種を問わず、色々な専門技術や知識を持つ企業や大学とタイアップして妥協のない研究開発することを心がけています。共同研究相手選びの最も大切にしている条件は、利益優先ではなくて、世の中の役に立つ何か新しいものを自分たちの手で作りたいという情熱です。 


患者さんの喜びこそ人生の醍醐味 

編集■実際に治療をしていて、患者さんを理解しているからこそ、研究に対する熱意も大きくなるのですね! 

先生■現在、当院には全国から患者さんが治療に来て下さっています。とても有り難いことですし、心の支えにもなることです。その患者さんの信頼を大切にしたいと思いますし、一人でも多くの方に責任を果たしていきたいと思っています。そのためにできることの一つが研究なのです。だからこそ、積極的に行っていきたいと思っています。 

 自分が治療をして関わったご夫婦に喜んでもらえるのは、本当に嬉しいものです。それこそ、人生の醍醐味です。自分たちの評価を高めたいから研究成果を学会で発表するのではありません。研究の成果が患者さんの笑顔につながる可能性があるから、それが研究に向かう原動力になっています。 


アイデアが鍵!互いの得意分野を活用  

 編集■では、先生が研究をする上で他にも大切にしていることは何でしょう? 

先生■発想力ですね。研究にはお金もかかりますし、1クリニックでできることには限界があります。ですから、他の施設でも研究しているようなことやしそうなことはしないで、色々とアイデアをしぼって勝負していきたいと思っています。 

 例えば、日本ではナノバブルの研究が比較的に進んでいるのですが、不妊分野でこのナノバブルを活用するという発想は今までありませんでした。そこで「ナノバブルを培養液に活かせないか?」というアイデアが浮かび、そこからの研究や応用を深めています。研究では、ナノバブルの第一人者の先生たちと共同研究をしています。それぞれの得意分野を活かすことで画期的なものができるかもしれませんからね。 


研究は夢の実現のため!

編集■共同となる研究先は、具体的にどのように決めているのですか? 

先生■研究していることを学会などで発表すると、新たに関心を持ってくれるところが出てきます。例えば、今、精子を元気にする研究(※研究②)で「水素」を使っているのですが、水素を研究に使うためにはパッケージをする必要があります。ただ、この梱包技術を私たちは持っていません。そこで思案していると、ノウハウのある企業が「ウチの技術を使えるかもしれないから話を聞きたい」と寄ってきてくれたりするのです。そこで手を組めば、相乗効果というか、お互いに協力しあうことで生まれるものもあることでしょう。 


社会的にも理解が必要なことそのためには倫理と広い視野が大切検証のためにも共同研究に意義があります

 もちろん、共同研究の相手はどこでもいいわけではありません。先ほどもお話ししましたが、研究に対する真摯さや情熱が一番です。自分たちの利益しか考えていないところはお断りしています。現在は7つの共同研究を進めています。 

 企業は利益を追求するところです。医療現場も利益が出なければ経営をつづけることはできません。ただ、利益だけを追求するのではなく、倫理観が欠かせないのです。それを考えた時に、私たちは、少なくとも研究でお金は儲けない、研究から得られたことを治療で活かして結果を出していけば、それが患者さんにとっても私たちにとっても利益になるということをポリシーにしています。


外部の医師や研究者による倫理委員会を設置 

編集■どのように現場へのフィードバックをしているのでしょう? 

先生■研究に当っては、生殖細胞を扱うことにもなりますから、自分たちだけの考えで研究を進めてはいけません。倫理や安全性の面からも、1治療施設が安易に実施すべきでないと考えていますから、外部の医師と研究者から構成した倫理委員会を設けて、審査していただいています。 

 患者さんの中には、あらゆる治療をしても妊娠することができず、藁をもつかむような気持ちで、研究段階でもいいから新しい治療法を試したいという方がいます。 

 「何が起こっても全て自分たちで責任を持つから、どうしても後継ぎが欲しい」と、新しい治療を受けることを懇願される方もいます。患者さんの願いは切実で、しかも時は人を待ちません。そのような治療現場の中で如何に治療倫理と人としての人情を両立させるかに苦心する場面もあります。そのような時、しっかりとした倫理委員会を持っているということは力強い心の支えになります。 


試薬が使われる現場安全性の検証は必須

編集■研究も含め、今後の生殖医療の課題は?  

先生■今までの生殖医療は、技術を進めることに重点がおかれて、安全性が検証されないまま来てしまいました。 

 「元気な赤ちゃんが生まれるなら、それでいいだろう」という姿勢で、行けるところまで来てしまったという感じです。ですから実際に使われている培養液にしても針にしても医薬品ではなく試薬なのです。こうした試薬が人の卵子に使われているわけです。一方で「倫理は?」と指摘されながら、現場のニーズが強いために進んできてしまった。他分野のドクターからは「生殖医療は野蛮だ」と言われることもあります。 

 ただ、自然科学の分野では、患者さんのニーズは汲み取られず、単に机上の空論になっていたりもします。検証、検証とばかり言っていたら、いまだに生殖医療で赤ちゃんは生まれていなかったかもしれません。ただ、今後は安全性の検証はきちんとすべきでしょう。その上で現在の治療技術をよりよいものにしていくリファイン、さらに新しい技術との提携、この3本柱が今後の生殖医療に必要なものだと思います。 



研究は患者さんのため…その②
研究は患者さんのため…その③


山下湘南夢クリニック院長 山下直樹先生のお話  
(2014年11月30日発行 『i-wish ママになりたい 不妊治療の今』の記事です )

i-wishママになりたい

不妊治療専門誌i-wishママになりたいの中で取材したクリニックを紹介しています。